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いわき病院で医療現場の現状変える闘い始まる!
労働者の誇り踏みにじる不当配転を許さない!
■不当配転の撤回を求め団体交渉
いわき合同ユニオンは、国立病院機構いわき病院で働くS組合員に対する不当配転の撤回を求めて、1月22日に団体交渉を行いました。
看護師のS組合員は昨年の7月9日、入浴介護中に両膝を負傷する労災事故に遭い、現在もリハビリを続けながら勤務しています。病院側はS組合員に対し、12月1日付で重度心身障害児病棟(重心病棟)への配転を命じました。
これまで神経難病病棟で経験を積み、一人一人の病状に熟知してきたS組合員に対し、大きな体格の患者さんが多く体の上げ下ろしで膝に大きな負担がかかる上に不慣れな業務をこなさなければならない重心病棟への異動は、不当で不適切な異動命令に他なりません。S組合員は病院側に対して団体交渉を申し入れ、不当配転の撤回を求めて闘っています。
今回の団体交渉では、院長・副院長・看護部長をはじめとする病院側出席者に対して、S組合員の労災事故直後の病院側の対応の不備を追及するとともに、S組合員の怪我に対する配慮を欠いた今回の異動を撤回し、重心病棟から神経難病病棟に戻すことを強く要求しました。
団交の冒頭で病院側は用意してきた文書を一方的に読み上げるだけで回答を済ませようとしましたが、ユニオン側の強い抗議で回答書をコピーし配布して交渉を始めました。
■専門的な治療を怠った責任を追及
交渉の中で病院側は労災事故直後の対応について、外部の病院に電話で連絡した上で「緊急性はない」と判断したとして、「ここは病院なのだから」「私たちは医師であり専門家なのだから」と、あくまでS組合員に対する処置は適切だったと主張しました。
しかし、S組合員は事故直後から2週間以上もいわき病院に入院を余儀なくされた中で、専門的な治療は一切受けられませんでした。整形外科の非常勤の医師がS組合員を診断した際も、S組合員の「膝の中で何が起きているのかちゃんと調べてほしい」との訴えに、その医師は「私は膝の専門ではないから」と言っていたのです。S組合員が膝のMRI検査を受けることができたのは、いわき病院を退院した後、事故から1か月近く経過してからでした。
さらに、病院側が労働基準監督署に労災の届け出を出したのは事故後2か月以上経過した9月10日になってからということも交渉の中で明らかとなりました。
病院であるというだけでどんな病気も怪我も治療できるわけではありません。適切な治療を怠り、今も怪我の後遺症を抱えながら勤務するS組合員に対して、それに輪をかけて負担を強いる配転を強制することは断じて認められません。
■病院側は「負担の軽減」を言うなら、なぜ労働者の意向を無視するのか
重心病棟での勤務についても、病院側は「急変患者や重症患者も多く身体的業務負担も大きい一般病棟より、患者の症状が安定しており救急性も少なく身体的業務負担軽減の見込める重症心身障害病棟へ配置換することが膝に負担がかからず業務ができると考えた」と主張しました。
しかし、現実の業務はどうでしょうか?実際の業務の負担は、患者さんの病状や障害の程度によってのみ計られるものではありません。S組合員は神経難病の患者さんのケアを熟知し、経験を積んできた看護師です。病院側の主張には労働者の立場の視点が決定的に欠けています。
家庭やプライベートを抱え、不規則な勤務を何とか両立させながら実際に現場で働いていく、そういった業務の大変さを熟知している労働者の意向を尊重しなければなりません。
■管理者=「専門家」が労働者に負担を強いる医療現場の労務管理
今回の問題は、医療現場での労務管理の問題性を浮き彫りにしています。病気や怪我を治療する者が経営者・管理者の立場に立ち、過重労働も傷病を抱えながらの勤務も、「医学的に問題ない」とされてしまい、限界ギリギリまで働かせればいいという論理がまかり通れば、それはまさに「ブラック企業」そのものです。人間の健康を預かる医療の現場では、そこで働く労働者の健康と安全が患者さんの健康と安全に直結します。病院で働く労働者が声を上げることこそ、労働者自身と患者さんを守ることに繋がるのです。
■労働者の団結と闘いで医療・福祉の現状を変えよう!
医療に携わる労働者は、職場の仲間と協力して、患者さんのことを第一に考え、誰もが自分の仕事に誇りを持って働いています。一方で、様々な理由により離職していく労働者も後を絶ちません。医療・福祉の現場での離職率の高さ、全国の医療機関や福祉施設で相次ぐ重大事故は社会問題にもなっています。
労働者自身が団結して声を上げ、病院を変えていくことで、私たちは労働者としての誇りを取り戻して生き生きと働くことができます。S組合員はその可能性に賭けて、自ら病院を去るのではなく、「おかしいことはおかしい」ときっぱりと声を上げて闘いに立ち上がりました。S組合員の闘いを孤立させてはなりません。
そういった現場労働者の声を職場の中に広げ、団結して行動する意義を訴えることこそ、私たち労働組合の義務です。いわき合同ユニオンは地域で働く労働者自身の労働組合です。S組合員は、ユニオンの仲間の闘いから勇気をもらい、たった一人でもいわき病院の中から声を上げたかけがえのない労働者です。S組合員の勇気に応え、地域の中に闘う労働運動を甦らせ、医療・福祉現場の現状を労働運動の力で変えたいのです。
●団体交渉始まる!
いわき病院で働く看護師のSさんは、昨年7月9日ベッドに両膝を挟まれて負傷し、現在もリハビリを続けています。病院側はこうしたSさんのケガに配慮することなく、本人にとっては肉体的にも精神的にも相当な負担となる重症心身障害児病棟への異動を命じました。
私たちいわき合同ユニオンは1月22日、Sさんに対する不当配転の撤回を求めて、病院側と団体交渉を行いました。
●受傷後、病院は適切な処置を行わなかった
病院側は事故直後、Sさんに「靭帯損傷の疑い」を認めながらも適切な処置を怠り、本人が整形外科専門医の診察を希望したにもかかわらず、2週間もいわき病院に留め置きました。
Sさんは「早期にMRI検査などを受け、適切なリハビリテーションを受けていたならば、現在あるような後遺症害を呈することなく、受傷以前の身体能力を取り戻せていたのではないか」という思いです。団体交渉では、病院側の対応を追及しました。
●労災事故の原因は、現場のスタッフ?
病院側は、7月9日の労災事故の原因は「スタッフのコミュニケーション不足や焦り」などとしています。現場の労働者に責任があるという姿勢です。人手不足や、会議や研修に追われる現場の現状など、まったく考慮されていません(次回も、この点を徹底的に追及していきます!)。
●職場復帰に際して、健康に対する配慮がゼロ
Sさんは、受傷から1か月半後(8月下旬)、職場復帰しましたが、初日から残業を強いられたため、身体が悲鳴をあげてしまいました。その後も、夜勤などのシフトが入り、病状が悪化していきました(10月に再び病休)。身体を少しずつ慣らしていく「病休明けの復職プログラム」などまったく考慮されていませんでした。
●誰もが無理なく働き続けられる職場を!
Sさんは「今回の団体交渉を機会に、病院側はきちんと自分たちの非を認めて、これまでの意識を変えてほしい」「サービス残業やハラスメントをなくし、職員がそれぞれの持ち味を発揮してのびのびと働き続けられる職場にしたい」と言っています。勇気をもって声をあげたSさんと共に、私たちも闘います。
有機合成薬品工業に対する解雇撤回を求めて、本日の陳述に臨みます。
まず、解雇の理由が全く以て納得できません。私は大学を新卒で入社し、7か月で会社から能力不足を理由とされて解雇になりました。しかし、会社側は解雇を正式に言い渡した時でも具体的に何をもって能力不足なのかを答えることが出来ませんでした。ただ、現場から「同じ間違いを繰り返した」などの報告があったことだけが伝えられました。
私は、遅刻や無断欠勤は一回もしていません。会社から処分を受けたこともありません。
むしろ毎朝30分早く来て実験の練習を重ね、正確な量の試薬や液体を量り取る技術を身につけました。しかし、その技術を実戦で活かす機会も無ければ業務が出来るレベルに達するような追加教育もありませんでした。
正確な分析には、一滴にも満たない量の液体を垂らすなど熟練の技術を必要とします。大学を出たからといって、すぐに出来るようなものではありません。多くの労働者の話を聞くと「学校を出たらまた一年生から始まる」それ位仕事の世界は厳しいということと、逆に言えば、それだけ多くのことを会社は指導しなければならないという手厚い教育の必要性も示しています。
しかし、会社側は業務の簡単さを主張し、それが出来なかったから能力不足だ。だから解雇だとしています。私や労働者の先輩方は、自らの仕事や専攻分野に誇りを持っています。この間の会社側の姿勢はそれを愚弄するもので怒りを覚えます。
実際のところ、入社一か月半で指導役による実技指導がほとんどなくなり、一人での実験か自習のような課題がほとんどになりました。一日8時間のうち3時間ほどしか仕事がない日が続きました。そして9月に入って一日1時間以上の面談が何日もあり、解雇が決定してからは一日中パソコン作業を命じられました。これは、本来の業務とは関係のないものが多く、適性を見るというより自主退職を促す手段であると感じられました。連日のパソコン作業や面談によって、私は精神的、肉体的に追い詰められました。解雇や雇い止めによって青年が社会に居場所をなくし、自殺や引きこもりが社会問題になっています。一方で、こうした現状に責任を負うべき経営者は、労働者の命や人生を奪っておきながら、処罰はおろか実名すら公表されません。
現在、青年労働者の3分の1が3年以内に離職し、二人に一人が非正規だと言われています。私も含む多くの青年労働者が何百万円の奨学金を背負って、大学での研究も十分にできないまま一年近くを就職活動に費やしています。「ブラック企業」が社会問題になっているように、労働者を酷使し不必要になれば使い捨てる会社や社会のあり方は、絶対に許されるべきではありません!少子化や技術を持ったベテランの大量退職で労働力不足が深刻な中で、青年は本来貴重な存在であるはずです。地球規模での環境破壊や戦争、身近な地域で相次ぐ災害や、原発事故の収束など社会には解決すべき問題が山のようにあります。だからこそ、安定した雇用のもとで青年に熟練の技術を伝え、世界中の知見に触れさせて新たなものを生み出していく必要があると考えます。私は化学製品を通じて、世界や将来の子どもたちのために仕事がしたいと考えて有機合成薬品工業に入社しました。就職活動では30社を受けてたった1社、私を信じて採用してくれた会社で定年まで勤め上げたかったです。
しかし、解雇になり社宅や保険、奨学金といった生活の全てが、解雇によって奪われました。今の私に出来ることは、解雇撤回闘争を職場復帰の日まで闘い抜くことです。そして、社内組合を職場で団結して闘う組合に変えたいと考えております。
28年前の国鉄分割民営化によって解雇された労働者が、不屈に解雇撤回を目指して闘争を続けています。その闘いが金銭よりも解雇撤回と職場復帰にこだわって闘い続けることで、時代や職場や国境を超えて団結を生み出しています。
私も、いわき合同ユニオンの仲間とともにこの一年間に2回の団体交渉や工場門前、本社前での抗議行動をしてきました。最近は休日に解雇撤回署名の街頭宣伝を行っています。いつも、通りがかる皆さんから「頑張って」「こんな解雇は聞いたことがない。許せない」と声をかけて頂き、解雇撤回署名や多額の裁判支援カンパを寄せてくださいます。署名は716筆に達しました。全国で行われる労働組合の集会のたびに多くの署名やカンパを皆さんから頂きました。私がこうして裁判ができるのも、街頭で出会った皆さん、継続的に支援してくださる「いわき合同ユニオン支援共闘会議」の皆さん、そして解雇撤回に取り組む陣形を作ってくれたいわき合同ユニオンの仲間のおかげです。
この世の中で解雇をはじめ労働者への不当な扱いに怒る人々とともに勇気をもって闘い、労働運動を通じて誰もが人間らしく生きられる社会を目指して裁判に臨みます。
(以上)